。                  。 
  。 雪が一そうまたたいて        
                そこらを          。
                     海よりさびしくする  
     。      


ihatovon note -4


76
http://www.ras.or.jp/~ihatov
わたしのブックマークにある幻のページです。
トップ画像は「日輪と山」、
下に「農民芸術概論綱要」序論からの一行、

「新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある」
(1999.1.5)


77
すきとほつた
ほんたうの
たべもの

かんがへ
ねがひ
わらひ
ちから
・・・
(1.14)


78
能登の友人から思いがけない詩集が届きました。
普段はめったに詩など書かない人ですが、
断食や食事療法で癌と闘う日々の中で、
あふれるようにイメージが湧いてきたそうです。
その中に一篇「あにいへ」という詩がありました。
賢治兄い、のことです。
雪深い山中で、農と禅に基づく暮らしを続けてきた彼には、
賢治さんは遠い昔の人ではないようです。
地霊におびえる手をそっとさわってくれたりもする、
ごく身近の体温も体臭もある存在です。
こんなふうに賢治さんとともにいる人は、
あちこちの野山や都会にいるのだと実感します。
(1.25)


79
檀家の猛反対を押し切って、奥能登山中に禅寺を移し、
たった独り百姓暮らしを始めた和尚がいます。
いまでは数家族が雑木山に囲まれた一郭で共同生活、
先の友人も古くからそこにいるメンバーです。
和尚は山に入る際、宗教と農業の融合を試みた先輩として、
花巻の賢治の墓に詣でたことがあるそうです。
「下ノ畑ニ居リマス」
その畑に立って、また賢治さんの形見の田圃に佇んで、
これからの自分の行く道をみはるかしてみたい……と。
残念ながら賢治さんの農業体験は、
遠大な展望をもつ和尚にはいささか不足だったようですが、
そのときのお土産が記念館発行の「農民芸術概論綱要」。
数部あるというその一冊を譲っていただきました。
(2.1)


80
能登の雑木山に暮らすもう一人のメンバーは、
学生時代アルバイト(生活)に追われていたそうです。
ユンボを動かす現場と教室と下宿と。そしてジャズ喫茶と。
勉強する時間が足りないというので、一時期、
机の上に二冊の本を開いて同時に読み進んだり・・・。
そんな苦学生の蔵書に「校本宮沢賢治全集」もありました。
右に開いたカントの「純粋理性批判」の一頁から、
左の「春と修羅」に移っていき、再びカントに戻って・・・
まさかと思う芸当も半ば本気でやっていたそうです。
もっとも頭には入らなかったと笑いますが、当時は必死だったと。
田畑仕事の合間に製作する彼の版画に「雨ニモ負ケズ」があります。
どこやらで「でくのぼう展」を開いていたこともあります。

hanga.jpg
(2.8)


81
即興歌の名人といえば、
イーハトーヴの詩人と、
「大菩薩峠」の幼童・清澄の茂太郎。
見るもの聴くものがすぐ歌になって口をつく、
自由無碍な感性はうらやましいばかりです。
なべてのものは歌い、踊り、
幻想第四次でなくても、
天地はすばらしいミュージカル三次元です。
(2.21)


82
「歌曲」の中で「大菩薩峠の歌」は異彩を放っています。
闇に佇む机龍之助の姿に、賢治さんは何を感じたのでしょう。
法華文学を意図した宮沢賢治、大乗文学を実践した中里介山。
一人は羅須地人協会で農業相談に応じ、
一人は西隣塾で日本百姓道文庫を刊行。
万民のことを案じ、万民に向けて発信し、ひろく愛読されながら、
なぜか孤島のような、独立峰のような二人。
自ら活字を組み出版(大菩薩峠刊行會)を行っていた介山居士も、
現代に生きていたら、真っ先にホームページを開いたに違いありません。
(3.6)


83
ある日の食卓です。
ゆったりとした口の広いお椀に、
美しいスロープを描いてご飯の山が盛ってあります。
頂には円い小さな梅干しがぽつんと乗っています。
「日輪と山」というメニューでした。
懐しいような、ありがたいような、せつないような、
農民芸術概論綱要の基本項目のような味がしました。
(3.11)


84
ふっと子供の頃に聴いていた電信柱の歌が蘇ってきました。
耳を押し当てるまでもなく、近くに寄るとぶーんぶーんと唸っていたものです。
イーハトーヴの電柱への賢治さんの愛着のほども解ってきました。
   *
京都の今出川通り(烏丸〜河原町)の電柱は御所の方へ大きく傾いていました。
いまはどうなんでしょうか、学生時代に気に入っていた風景です。
(3.23)


85
風景とは敬虔なものであったような気がします。
<風景のなかの敬虔な人間>
そんな人たちを以前はずっと多く見たような記憶もあります。
(4.14)


86
<さては歌麿英山の歌ふばかりのうなじの線や、
あらゆる古き情事の夢を永久にひそめる丹唇や>

これもまたイーハトーヴの美学でしょう。
意外とも思えるこの一文は浮世絵頒布の広告文。
意外と思うのは感性豊穣な詩人へのこれまた誤解。
ほんものの秘画は一度見たきりですが、
惚れ惚れするような人間山水の絵模様でした。
<あらゆる古き情事>は、わたしたちの文化であり歴史であり、
ゆく春ゆく世紀に偲ぶ<丹唇>は、なんだか切なくもあり。
(4.29)


87
「西洋音楽の家元」
「算術の普及しない町」
「感応的伝染病」
「結婚引立業」
「カロリー計算商会」
「或るラヴレターの全部的記録」
「喜劇 夜水引き」
「喜劇 大旱魃の最后の夜」
「古説三世因果物譚」
「象徴的ファンタジー 革命」

これらはみな、いろんな用紙の裏や余白に芽を出し、
ついに花も実もつけることのなかった作品メモです。
ここにはイマジネーションの花圃に佇む詩人、
想像の森に野宿する物語作者の息づかいが残っています。
ぶらぶらとこういうところを散策するのが何より好きです。
そんなある日、ふっといまだ緑を失わずにいる素敵な木、
これはこれでもう立派な花も実もつけていそうな木に逢いました。
いつしか、この木がほんとに不思議な魅力をもっていると気づき、
それを他の立派な作品のように独立した本にしてみたくなりました。
こうして、宮澤賢治『ラヴレター』という一本が誕生しました。
(5.7)


88
その三十五から後は私はこの「宮沢賢治」といふ名をやめてしまって
どこへ行っても何の符丁もとらない様に上手に勉強して歩きませう。

微塵への願い。
匿名、無名への痛切な希求。
雲は雲の一切れでよく、風は風の一吹きでよく。
(5.24)


89
「雨ニモマケズ手帳」にある、全十一景の土偶坊メモ。
ワレワレハカウイフ/モノニナリタイ
詩「雨ニモマケズ」では、
<サウイフモノニ/ワタシハナリタイ>
一人称単数形の願いが、ここでは一人称複数形に。
読んでみたかった未完の物語です。
(6.17)


90
<まあこのそらの雲の量と
きみのおもひとどっちが多い>

こんな比較をするのも賢治さんらしいところです。
気象物理(化学)と精神物理(化学)。
この頃の梅雨雲の量にはいくら思惑があっても及びませんが、
ときにはからりと、ちぎれ雲一片のような心境にも憧れます。
(6.28)


91
兎に食われた林檎の樹の幽霊が、谷にいっぱい花をつけていたり、
<ひるま算術に立たされた子供の小さな執念が可愛い黒い幽霊になって
じっと窓から外を眺めてゐ>
たりする風景・・・。
だから、あの軽便鉄道なども、自由気ままな幽霊となって、
どこか架空線をガタゴト走っているのではないかと思ってしまうのです。
(7.20)


92
<はんの木の/みどりみぢんの葉の向さ/
ぢやらんぢやららんの/お日さん懸がる。>

この歌から始まる六疋の鹿たちのメドレー。見事な即興のセッションです。
イーハトーヴでは、歌や踊りは、自然に発露するもの、
世界そのものがステージであり、誰もが最高のパフォーマー。
(9.12)


93
<ぎんがぎがの/すすきの底でそつこりと/
咲ぐうめばぢの愛どしおえどし>

鹿が愛らしいと歌う、そのうめばち草が、
<きらめきのゆきき/ひかりのめぐり/
にじはゆらぎ/陽は織れど/かなし>

と高く鋭く叫びます。
こんな山野にいると本当に愛(かな)しさが募ります。
(9.25)


94
憧れの本が一冊ありました。
ブルカニロ博士が「銀河鉄道」車内でジョバンニにちらりと見せた、
『地理と歴史の辞典』です。
こんな本は、幻想第四次の図書館か古書店にでも行かなければ読めません。
(10.29)


95
「ケンタウル露をふらせ。」
ジョバンニの町では、琴の星が輝き、烏瓜はまだ青く、
ケンタウル祭は8月の七夕祭のイメージがありますが、
ケンタウルの村ではクリスマス・イヴの印象があります。
クリスマス・イヴに「露をふらせ」と叫んだり、
まっ青な唐檜かもみの木にたくさんの豆電球が
千の蛍のように灯っているイメージは夏冬混淆ですが、
南半球ではすんなり受け入れられる感覚でしょうか。
ニュージーランドではイヴの夜空に南十字や石炭袋、
アルファ・ケンタウリが確かに昇ってくるようです。
北半球のある町と、南半球のある村、二つのケンタウル祭。
そう仮定すると地球を駆け巡っている賢治さんの想像力が浮かびます
(12.24)


96
我此土安穏 天人常充満
宝樹多華果 衆生所遊楽
妙法蓮華経如来寿量品第十六の一節が、
昭和8年の年賀状では散華のようにばら蒔かれています。
この年は賢治さんが迎えた最後の正月。
「謹賀新正」の四文字が粛々と響いてきます。
(1.9)



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青色文字の部分は、賢治作品(ちくま文庫・宮沢賢治全集)からの引用です。
てっぺんの文章は、「異途への出発」より。


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