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春とピアノ アイコン

ユタ4



ユタのピアノを聴いている。
清楚な
三日月のような
リズムとフレーズ。

「dear old stockholm」
地名入りの曲を
いま聴くのは切ないが、
素朴な演奏は
荒びも
滅びも防いでくれる。

一九五六年の
ニューヨークのジャズ・シーンで、
白人であること
女性であること
敗戦国からやってきたこと、
それらがどんなに過酷であったか
頼れるのは
自分のピアノだけ。

なのにこの年の
三枚分の演奏を残して、
ユタ・ヒップは
鍵盤の前から消え
二度と戻らなかった。

ドドもユタも
ジャズの黄金時代に失踪した。
ディックと違って
消息不明のままに長生きして、
一人は病と闘って
一人は絵を描いて
細々と二十一世紀まで永らえた。

ドドは悲惨なのか?
ユタは孤独なのか?
蓋を閉じたピアノと
二人はどう折り合いをつけたのか?
聴くよすがも無い
幽かに鳴る魂の音を、
それでもそこにあるはずの
メロディやらリズムやらを
聴き届けてみたいと思う。


泉井小太郎 春とピアノ―[TOP][表紙][目次][前頁][次頁]