北条石仏ノート


(2012年)


 北条石仏の豆本2 4月24日





二月に豆本『はんが北条石仏』を入手、
今度は日本の古本屋検索で灯叢書の方を見つけた。
「百人一首/一人百首」と副題にあるように、
北条石仏を詠んだ二部構成の短歌集成である。

一人百首は、羅漢寺の先代住職で歌人の岸原廣明。
百人一首は、編集子が依頼した兵庫県下の歌人たち。
個人歌集の企画だったのが、他力を、
という岸原の要望で上のような形になった由。
さまざまな石仏が林立している風景に、
それぞれの短歌が林立しているのはよく似合う。

中から少し、紹介すると
  女人像なす石仏の肩の辺に黄の蝶ひとつ動かずにおり     山下つや子
  遠き世に誰れか目鼻を刻みたれば石はかなしげに夕光を負ふ  川田初子
  外つ国の人の流離の姿にも似る北条の石仏の群        高芝郁夫
  露しとど仏の目尻は濡れていてたがためにある泣きぼくろなる 平井三恭
  夏草のそよぎて触るる石仏はかすかに胸に合掌を置く     初井しづ枝
  五百人倶。皆是大阿羅漢歟。はたまた無慙常凡の徒歟。    阪口 保
  逝く春の雨ゆかしめて羅漢寺の石の仏の眉のかげりよ     矢部茂太

こんなのもあった。
  阿羅漢に似たりと言ひし正岡子規子規によく似し羅漢のありや 丸山修三
子規に似た羅漢がいるなら、訪れる楽しみもまた増える。


 花の季節、羅漢憂鬱 5月3日





夕刻から羅漢寺。
連休とあって、人影もちらほら。
境内の椿いろいろは大体咲き終えたよう。
忙しそうなスズメが一羽、
麗しくさえずるカワラヒワが一羽。

石仏たちは、五月の光に爽やかに、
と思いきや、なんとなく冴えない表情の面々。
春(四月)は椿や桜だけではなく、
シラカシやアベマキの花の季節でもある。
それが枯れてかれらの頭や顔や体に降る。

なんとなくむず痒そうに思えるのはいいとして、
鼻に垂れて水洟のように見えるのは困るだろう。
なかには見事イヤリングにしてしまう人もいる。


 梅雨の青羅漢、赤羅漢 6月29日





羅漢寺。
合歓と沙羅の花が咲いていますよ、と入口で教えられる。
共にらかんたちの頭上遥か高み。
もう天上と言っていいぐらいのところ……まさか、ね。

境内は妙に明け透けして締まらないな、と思っていたら、
東側奥の樹がみんな枝を払われてつんつるてん。
このところの空梅雨気味もあってか、
らかんたちは雨に洗われていない風で、どことなく憂鬱そう。





そんな梅雨時の青羅漢と赤羅漢。

梅雨の蝶も二種。
梅雨のきのこが一種。
梅雨の半月が一顆。


 いずこの星の羅漢ぞ 9月22日


羅漢寺裏で、モズの高鳴き。

萩。
ギンミズヒキ。

ホタルガ一匹。

羅漢たちは境内が明るくなって、なにやら淡白に見える。
それとも隣の小学校の「ならのみ大運動会」が終わって、
ほっと一息ついているところだったか。

はるばる海を渡って来たかのような風貌の羅漢もいれば、
「あなたはいずこの星の人ぞ?」と言いたくなる羅漢も。





 らかんは石だから 10月20日





境内はカラ類の混群で賑々しい。
午後の柔らかい陽射しと相まって、
らかんたちも楽しそう、嬉しそうに見える。
そのうち一羽のコゲラがらかんの頭に。
まさかコンコン啄かれたわけではあるまい。
これまでらかんの頭に乗ったのは、
スズメ、ヒヨドリ、カワラヒワ、ジョウビタキ。





らかんは石人だから大丈夫だろうが、
こんな風景はハッとする。
このヤマハゼは小鳥が植えていったものか。


 ドラマ「北条の石仏」 11月1日





「北条の石仏」というTVドラマがあったらしい。
若杉慧の写真集が出た翌年、読売テレビ制作の1時間15分番組。
小泉勲演出、森川英太郎脚本、
出演者は江原真二郎、中村鴈治郎、吉田義夫、南原宏治、真智恵子等々…。
羅漢寺隣接のバラック校舎を卒業して、
羅漢と疎遠になった高校生の頃で見ていない。
石仏由来の謎を遠い昔に遡って調べてゆくフィクションらしい。
いったいどんな空想をしたものか、ちょっと見てみたい。


 古木日和・古仏日和 12月29日


エノキの古木の冬姿に見惚れ、
センダンのま白い実のびっしりに驚き、
アオギリの微星を空に探して、
羅漢寺に着くと、
ヒサシブリー、とヒヨドリに叫ばれる。

昨日の雨と明日の雨の間、
穏やかに晴れ上がった一日に、
羅漢たちもほっと一息ついているようで、
どのひとも佇まいが柔らかい。

時折、ドングリが降る中を、
この日印象的な羅漢を撮影していて、
最後の方でカメラが壊れた。
光と影の表情はその時きりでショックだが、
気を取り直してスケッチを一枚。






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