幼虫時代


そのこはするする下りてくる
そのこはてんから下りてくる
五月の海辺
小さな森の
みどりのひなた

そのこはするする下りてきて
しばし垂下の
しばし放下の
みどりのひかげ
そのこはてんから下りてきて

(だれしもひとりで
 こんなに垂れる……)

カッコウの声がする
ニセアカシアの花が散る
ふかい森ゆく蝶蛾はいいな
なんだかみどりの十字の花も降る

こんなときだな
ふうらもしゅらも
γe6αの文字たちも
すきとおるすあしのこどもらも
なにかたいへんきーんとなって
しずしずしずとおどり出す

だからそのこも
そらを掻き
こうべを反らせて巡らせて
身をのけぞらせくねらせて

とおいどこかで
ラクシャンの四兄弟も
ステファンの五つ子も
みんなたいへん大きな踊りの輪の中で

(じぶんがじぶんであるうれしさと
 じぶんがじぶんであるかなしさに
 なんだかもうここいらへんで
 こらえきれずになってきて……)

そのこといえば
きいろい衣にくろい点
みどりに映えて
くるくるくるくる踊っている

糸をたぐってかきよせて
後生大事の玉にして
からだぜんぶを賭けきって
そのこは天へのぼってゆく

五月の森の
そこらここら
小鳥の姿がちろちろし
小鳥の声がちるちるし

(危うい危うい)

ふかい森ゆく蝶蛾の日まで

そのこはひとりで天から垂れて

後生大事の玉を抱き
こうべを反らせて巡らせて
身をのけぞらせくねらせて
くるくるくるくる踊っている

ふかい森ゆく蝶蛾の日まで

そのこはくるくる天へとのぼる

   註:
   8 γ e 6 αの文字:
    宮沢賢治「蠕虫舞手」
    ――えゝ 8 γ e 6 α
      ことにもアラベスクの飾り文字
   ラクシャンの四兄弟:
    宮沢賢治「楢ノ木大学士の野宿」に登場する岩頸
   ステファンの五つ子:
    ペガスス座にある遠い銀河の小グループ。




小さくて細い何かの幼虫が、自ら垂らした糸にぶら下がって懸命にダンスをしているのを見たのは、一つのイーハトーヴ体験、あるいは賢治体験といったものでした。場所は金沢市の海辺、普正寺の森です。五月には渡りの鳥が往き来してとても賑わう、バード・ウォッチャーに人気のスポットです。六角文庫の二人も鳥を楽しみにこの森を訪れていました。そのときのことをHPの「詩画館日誌」に記していたので、それを引用しておきます。

普正寺の森で1日遊んで来ました。
カッコウの声に出迎えられ、カッコウの声に見送られ・・・。
今年は渡りが早かったらしく、ピークは過ぎていましたが、
ムギマキの♀や、キビタキの若鳥などが楽しませてくれました。
ニセアカシアの木からぶら下がった黄色い毛虫、
糸を丸めて踊りながら昇っていく姿はなかなかの見ものでした。
夕暮の小川にひょっこり現れたタヌキの夫婦もご愛敬、
浜辺でのSOHO彗星はうす雲に遮られましたが、一行3人はご満悦。
(1998.5.18)

詩「幼虫時代」の毛虫は、いまごろどんな蝶か蛾になっているのでしょう。
しばらく前に、<その子>が夢に現れて答えを教えてくれたのですが、
目が覚めた後、その姿が浮かびません。情けないかぎりです。
貘の博物館をなまけていると、こんなことになります。
(1998.6.30)

五年ほど前に、バード・ウォッチングに行った森で何かの幼虫が枝からぶら下がって来たのに遭遇。糸を吐いたり丸めたり、器用に頭や足を使って上下する様が、まるでダンスのよう。それが一篇の詩(「幼虫時代」)になりましたが、そのときは何の幼虫か判らず。最近、ウェブの昆虫サイトで、トンボエダシャクだと判明、嬉しい思いをしたものです。これからどこかでミドリヒョウモンやトンボエダシャクに会うのが楽しみになりました。
(2003.6.10)


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