おきなぐさ


翁草
もう僕たち遠いとこへ行きますよ。
どの風が僕たちを連れて行くか
さっきから見てゐるんです。

いいえ、飛んだってどこへ行ったって
野はらはお日さんのひかりで一杯ですよ。
僕たちばらばらにならうたって
どこかのたまり水の上に落ちようたって
お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ。

−「おきなぐさ」(宮沢賢治全集6・ちくま文庫) 


赤紫の若々しかった釣鐘型の花も、やがて銀の冠毛をぷるぷる震わせて風を待ちます。
元日にめでたく芽を出して、3月26日に最初の花、4月25日に銀髪に変わり始め、
5月10日からうずのしゅげ(お爺さんの髭)の旅立ちが始まりました。
風はそらを吹き
そのなごりは草をふく
おきなぐさ冠毛の質直
1922年5月17日にこう詩で歌った、翁草75周年記念日(?)には、
もう半分ほどが、遠く風に乗って空に散らばっていました。
童話には七つ森では6月とありますから、一ヶ月早い旅立ちです。
たんぽぽとかあきののげしとか、綿を吹く花のいろいろある中で、
おきなぐさの綿毛はやはり独特のやさしさ、やわらかさです。
この花のたましひが天にのぼっていくのを賢治が見たのはなるほどと思います。

蟻もひばりも山男もわたしも、誰だってこの花を好きでした。
蟻のように、うつむいた花を下から見上げてみようとしましたし、
山男のように、しばらく黙りこくって見入っていたこともありました。
ひばりのように、天の方へ向かってみじかい歌を贈ろうともしましたが、
空へも飛び上がれないわたしには、とても追いつけませんでした。
あとは夜空に新しい小さな変光星を探してみるばかりです。


翁草については「ふうら美術館」にもページがあります。

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