ピアニスト―椿筆


ピアニスト―椿筆



 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪バターやパンや筆を買ったあとで、ときには憤怒のようなものを感じながら高価な仏蘭西香料を買ったりするのだった。またときには露店が店を畳む時刻まで街角のレストランに腰をかけていた。ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄ながしめが光り、笑顔が湧き立っているレストランの天井には、物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた。所在なくそんなものまで見ているのだった。


  ―梶井基次郎「冬の日」




草人艸墨展入口ピアノを弾くひと