ピアニスト―南蛮煙管筆
月拂ひ二十ヶ月とよ。このピアノ中古ぞとよ。塗りみがき、うつくし黒し、大きなり室にそびやぐ。かうがうしこのピアノ、立ち添ひて、蹲み見て、蓋をひらき、鍵たたき見て、見も飽かず終日ひねもすありける。貧しかる我やとも、えは求め得ず、常こがれ果敢なみしもの、子らが爲め、五十路近く、やうやうと手に入りにけり。月拂ひ二十ヶ月とよ。中古の獨逸製とよ、眼がしらのあつくなり來る。
父われはピアノの陰にかき坐り言默しをり子らぞたたける
在るべくて在るべかりにしこのピアノやうやうにして室に光りぬ
―北原白秋「白南風」
草人艸墨展入口/ピアノを弾くひと