ピアニスト―楠筆
高台の一夜
家家黒く眠り
木立は灰色に
大空を鳥わたれり。
かかるときピアノの音、ふとも聞ゆ……
冬の地のひび割るるを見よ
迷ひゆく路上の風をながめよ
さらにまた霧の流れを――
これらのもの欺けるなり。
時雨きたれり、
こころよく、明るく白く
かれら、斉しく空を駛り
鮮麗と嘆美との声を発す。
さらに、
耳かたむけよ、高台の一夜に
われはなほ我愛づるものの一つを聞く、
そは歌へる憂愁のピアノ
時雨にまじる優しき楽音なり……
―三木露風「時雨と音楽と」
草人艸墨展入口/ピアノを弾くひと