ピアニスト―クローバー筆


ピアニスト―クローバー筆



『あなたは「都々逸」が採譜の出来ないことを知っていられますか、謡曲も採譜が出来ません、あれは耳から耳へ伝わっている曲で、同じ「ア」という音を引伸ばしながら、微妙な音の高低があるんです。ですから「都々逸」をピアノで弾くとしてご覧なさい、実におかしなものですよ、そう思って聴けばそうも聞える、といった程度のものしか再現出来ないのです。これはピアノには半音しかないということが、その原因の第一だと思われます、だから私はその微妙なメロディを採りいれる為に、四分音を弾けるピアノを特に作ったんですよ……』
 彼はそういい乍ら、つと立ってピアノの鍵盤を開けた。なるほどそこには白いキーと、黒いキーと、も一つ、緑色に塗られたキーとが、重なりあって、羊羹箱を並べたように艶々と並んでい、見馴れぬせいか、ひどく奇異な感じを与えていた。


  ──蘭郁二郎「腐った蜉蝣」




草人艸墨展入口ピアノを弾くひと