海の子守歌



画・鯨



絵・音座マリカ

文・泉井小太郎







海は大きい。
海は昔、
もっと大きかった。
ほんとうだよ。
海は
大きくなったり、
小さくなったりする。


いままた、
海は
ほんの少し
大きくなってきた。
北極ほっきょく
南極なんきょくの氷が
けたぶんだけ。


くじらは
そのことを知っている。
海の大きさのことなら、
海をひろびろと旅する
くじらに聞くのがいい。
けれど、
くじらは
くじらにしか語らない。


海は美しい。
海は昔、
もっと美しかった。
ずっと美しかった。
海はいま、
よごれていくばかりだ。
海に住まないものが、
海に住むものをくるしめている。


くじらの子が
ひとり泳いでいた。
どうやら、
親とはぐれたようだ。
おなじところを
ぐるぐる回ったり、
いきなりもうスピードで
やみくもにつき進んだり、
さけぶようにしおを吹いたり、
そうかと思うと、
のろのろ泳いでみたり。


くじらの子は泣いていた。
親を呼んで、
歌っていた。
けれど、
歌になっていなかった。
歌はどこかこわれていた。
このままでは、
いつか
ふねにぶつかるか、
はまり上げるか。


星の子がひとり
みさきあそんでいて、
くじらの子を見つけた。
迷子まいごだというのは、
すぐにわかった。
星の子は、
くじらが好きで、
いっしょに泳いだり、
その上をんだりする。


くじらの子は
泣きつかれていた。
「さびしかったね。
でも、だいじょうぶ。
きっと家族かぞくに会える。」
星の子はそう語りかけた。
まずテレパシーで。
それから、
水中に入ってダンスで。


ほうっておいて!
そんなふうに、
くじらの子は
きをえたり、
げだしたりしていたが、
星の子がどこまでも
ついていくものだから、
そのうちあきらめて、
ためいきのような潮を
ひとつ吹いた。


しばらく
いっしょにいるうちに、
くじらの子もなれたか、
ちょっと星の子が
はなれてみると、
くじらの子の方から
あとをついてきた。
好奇心こうきしんももどったようだ。
「あしたはいっしょに
家族かぞくをさがそう。
きみのおかあさんをね」


つぎの日、
星の子は
ヴァイオリンをもってきて、
くじらの子の背中せなかいた。
くじらの歌なら
少しは知っている。
そのうち、
くじらの子が
大きなからだを
びくっとふるわせた。



画・鯨



「さあ、歌って!
きみの家族かぞくの歌を。
それをぼくにおしえてよ」
星の子が
ヴァイオリンをくと、
くじらの子も
おそるおそる歌いだした。
こわれて、
きれぎれになった歌だった。


くじらの子の
歌のきれはしを
星の子がついでいく。
くじらは
家族それぞれの
歌をもっている。
この子の家族の歌は
どんなものなのだろう。


星の子にあわせて、
くじらの子が歌う。
まだまだ単調たんちょうだ。
キーコキーコ、
この子は歌えないのか、
歌をわすれてしまったのか。
ざぶりともぐって、
またかんでくる。
浮かんでは、
星の子の音をきいている。


これまでいろいろ
くじらの歌をきいた。
くじらの歌をきけば、
星の子は
わすれたメロディを
思いだせそうになった。
ふるさとの星は
どこにあるのだろう。


この星は
すてきな星だ。
音楽おんがくがたくさんある。
この星の
いろんな音楽をならった。
鳥や虫や、
生き物たちの歌も好きだ。
けれど、
ぼくたちの歌は
どんなだっただろう。


星の子のヴァイオリンの
どれかの音に反応はんのうし、
くじらの子が
これまでにない声を出す。
なにかのメロディのまねもする。
それをきいて、
星の子が
また歌をみ立てていく。
「いいかんじだよ。
あしたはもっと歌えるよ」


次の日になると、
くじらの子のせなかに
おおぜいの星の子がいて、
めいめいに
ヴァイオリンや
チェロをもっていた。
「みんなおねがい。
くじらの歌を歌うんだ。
この子の歌をさがすんだ」


最初さいしょの星の子が
あるメロディをくと、
みんなで合奏がっそうする。
それぞれ、
いままでにきいた
くじらの歌を思い浮かべ、
微妙びみょう
複雑ふくざつ
歌をんでいった。


くじらの子は
びっくりしたようだが、
なんだか元気げんきになった。
きのうより
大きな声で、
けんめいに
なにかを歌おうとする。
もどかしくて
たまらないぐらいに。


くじらの子の歌を
みんなできいては、
星の子たちは
合奏がっそうをととのえていった。
こんなかんじ、
こんなひびき、
アイデアを出しあい、
イメージをゆたかにして、
みんなくじらになった思い。


そうだ。
ぼくたちも
迷子くじのくじら。
歌をわすれた
宇宙うちゅうのくじら。
ぼくたちは
だれだろう?
ふるさとは
どこだろう?


星の子たちの合奏がっそう
海にひびいた。
くじらの子も
はるかに歌った。
浮かんでは
星の子たちの歌をきき、
もぐっては、
ひとりその歌を歌った。


ぼくはどこにいる
ぼくはここにいる
海は広い
海は深い
遠くの遠くが
どんなに遠くても
ぼくはゆくだろう
ぼくの海流かいりゅう
見つけるだろう


海はゆうやけの
美しい色にまる。
空にも
くじらのような
雲のれがいた。
泣いてもいいのだ。
星の子はそう思った。
かなしくなくても
うれしくなくても
ただ泣いてもいいのだ。


空のまっかなくじらは
歌をもっているだろうか。
どこかの島の
山のふもとに、
雨となって
歌をらすのだろうか。
ほら、
雲のくじらの下で、
海のくじらが
しおを吹き上げるのが見える。





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