太祇百句
炭太祇
六角文庫編
春
春駒やよい子育し小屋の者
春駒や男顔なる女の子
虚無僧のあやしく立り塀の梅
情なふ蛤乾く余寒かな
江戸へやるうぐひす鳴や海の上
里の子や髪に結なす春の草
善根に灸居てやる彼岸かな
海の鳴南やおぼろおぼろ月
逢ひ見しは女の賊や朧月
耕すやむかし右京の土の艶
声真似る小者おかしや猫の恋
春の日や午時も門掃く人心
ふらこゝの会釈こぼるゝや高みより
落て啼く子に声かはす雀かな
山独活に木賃の飯の忘られぬ
塵はみなさくら也けり寺の暮
凧見るや我も昔は男の子
春の夜や女を怖す作りごと
山吹や葉に花に葉に花に葉に
暮遅く日の這わたる畳かな
遅き日を見るや眼鏡を懸ながら
春ふかし伊勢を戻りし一在所
下戸の子の上戸と生れ春暮ぬ
行春や旅へ出て居る友の数
夏
こゝろほど牡丹の撓む日数かな
麦秋や埃にかすむ昼の鐘
燕子花やがて田へ取る池の水
湖へ神輿さし出てほとゝぎす
能答ふわか侍や青すだれ
高麗人の旅の厠や夏木立
青梅や女のすなる飯の菜
やさしやな田を植るにも母の側
漣にうしろ吹るゝ田植かな
しづまれば流るゝ脚や水馬
みじか夜やむりに寝ならふ老心
蚊帳釣や夜学を好む真ッ裸
物に飽くこゝろ耻かし茄子汁
盗人に出合ふ狐や瓜ばたけ
あつき日に水からくりの濁かな
病で死ぬ人を感ずる暑哉
たつ蝉の声引放すはづみかな
夕貌やそこら暮るに白き花
白雨や膳最中の大書院
白雨のすは来るおとよ森の上
あらはなる駕の寝さまや夏の月
酔ふして一村起ぬ祭かな
引寄て蓮の露吸ふ汀かな
涼しいか秋へ一重の紙屋川
秋
月入て闇にもなさず銀河
初恋や灯籠によする顔と顔
彼後家のうしろにおどる狐かな
つる草や蔓の先なる秋の風
留守の戸の外や露をく物ばかり
いなづまや舟幽霊の呼ふ声
鶏頭やすかと仏に奉る
静なる水や蜻蛉の尾に打も
浅川の水も吹散る野分かな
渡し守舟流したる野分哉
三日月や膝へ影さす舟の中
名月や君かねてより寝ぬ病
後の月庭に化物作りけり
十三夜月は見るやと隣りから
掌に愛して見する葡萄哉
喰ずともざくろ興有形かな
残菊や昨日迯にし酒の礼
旅人や夜寒問合ふねぶた声
秋さびしおぼえたる句を皆申す
有侘て酒の稽古やあきの暮
馴て出る鼠のつらや小夜砧
空遠く声あはせ行小鳥哉
あきの夜や自問自答の気の弱
永き夜を半分酒に遣ひけり
長き夜や夢想さらりと忘れける
行秋や抱けば身に添ふ膝頭
冬
玄関にて御傘と申す時雨哉
岨行けば音空を行落葉哉
盗人に鐘つく寺や冬木立
冬枯や雀のありく戸樋の中
京の水遣ふてうれし冬ごもり
僧にする子を膝もとや冬ごもり
いつまでも女嫌ひぞ冬籠
それぞれの星あらはるゝさむさ哉
寒き日の風にのり行く童哉
鰒売に喰ふべき顔とみられけり
意趣のある狐見廻す枯野かな
ぬれいろをこがらし吹や水車
雨水も赤くさび行冬田かな
獺に飯とられたる網代かな
ひとの子の悪処戻りや門の霜
句を煉て腸うごく霜夜かな
埋火に猫背あらはれ玉ひけり
淀舟やこたつの下の水の音
見返るやいまは互に雪の人
猟人の鉄砲うつや雪の中
寒月や我ひとり行橋の音
起て見よ冬の旭の出る処
飯喰ふて隙にしてみる冬至哉
親の用に立つ子幾人年の暮
年の暮嵯峨の近道習ひけり
怖すなり年暮るよとうしろから
炭太祇(1709〜1771)
江戸に生まれる。俳諧を水国、紀逸に学び、水語、三亭などと号したがのち太祇と改める。四十歳頃京に上り、一時大徳寺真珠庵に入るが、性に合わなかったか、島原遊郭の中に移り不夜庵を結ぶ。酒を愛し、句作を日課とし、蕪村らとの交友の上に、天明期の俳句復興に貢献する。人事の妙を詠った佳句が多い。
後記
たった十七音から作者の人間が息温かく伝わってくることがある。その一句でもうそよそよと信頼を寄せてしまうことになる。太祇が、そのような人であった。
秋の夜や自問自答の気の弱
性和やか也、と伝えられた人のもの思いの果て。また次の一句、
行秋や抱けば身に添ふ膝頭
かように太祇は優れた自愛の人であり、おのれを慈しむ眼差しは、又そのまま人々の身に注がれ、他の追随を許さぬ人事句の妙手ともなり得たのであろう。自愛の人は、他愛の人である。
太祇は人柄も句柄も、どこかすらすらとしている。といって淡泊なのではない。屈曲はほのかに窺える。大胆な趣向も持ち合わせ、新鮮な感覚を秘めてもいる。それをさらりと一句にこなして、情ある景を紡ぎ出す。
それにしても、生涯の後半を遊郭内の庵で過ごし、華美にも退廃にも向かわず、時に禁足俳諧三昧に入る。その句は市井の人々を愛おしむ。不思議な人物である。
この集は、編者の愛吟するものを取り集めたもので、ベスト100 ではないことをお断りしておく。それでも太祇という人の句の吟醸は味わっていただけると思う。
零れた佳句も多いことから、時折入れ替えてみるのも、また電子本の良さかもしれない。
泉井小太郎
*html 版編集に当たって、下記の句を入れ替えた。
元朝や鼠顔出すものゝ愛
こゝろゆく極彩色や涅槃像
はる雨や講釈すみて残る顔
貯ともなくて数あるあふぎ哉
大根も葱もそこらや蕎麦の花
小盃雪に埋てかくしけり
※ 表記は新字旧かな遣いとした。
※[参考文献]
太祇句選・太祇句選後編 俳文俳句集 日本名著全集刊行会 一九二八年
太祇全集 俳諧叢書第四編 ほとゝぎす発行所 一九〇〇年
蕪村全集 第四巻 参考俳書・太祇句選 講談社 一九九四年
太祇百句
2002年5月1日 ebk 版
2020年7月1日 html 版
編者 泉井小太郎
発行 六角文庫