2000年の夏、ある取材アンケートに答えたものです。
(質問者:南陀楼綾繁氏 掲載紙:「文化通信」
連載:「ミニ・メディア」ウォッチ)
記事はこれをもとに構成されたものでした。
六角文庫のプロフィールがわりに載せておきます。
1 1975年、六角舎としてスタートされたそうですが、どのような活動をなさってきたのでしょう?
詩を書く泉井と、絵を描く音座の工房としてごく私的にスタート、自宅(2部屋のバラックでしたが)の一室を解放して、ミニ展覧会やミニ・イベントを開いたり、同人誌などを出していました。引越とともに六角文庫と改名、本を中心に据えてとの思いでした。
音座と泉井の二人誌「草紙(のち双紙、38号まで)」の他、個人誌、グループ誌を幾つか。ガリ版詩集や手描き絵本・版画絵本、手焼き写真集、ポストカード集などの他、コピー印刷でもいろいろ作りました。いずれも手作りで限定部数、いまのようなコミケもなくごく周りの読者に届いただけでした。
周りにいろんなアーチストがいたので、詩の朗読会、絵の展覧会、ジョイント・パフォーマンスなどの活動も、殊に80年代にはよくやりました。詩、舞踏、音楽を盛り込んだライヴ・パーティとか、空家になっていた旧六角文庫(犀川河畔の一軒家8部屋)を借りきってアート・ジャム・セッションのようなこともやりました。書斎に使っていた4畳半の押入にこれまでに作った本をあるだけ並べていたのですが、案外多くの人が座り込んで読んでいたのが印象に残っています。
伝統工芸の盛んな保守的な街(金沢)での活動であり、どの組織団体にも属さずにいましたので、概ねマイナーに終始しましたが、そういう性分でもあったようです。90年代後半からは、もっぱらホームページと電子本で試行錯誤、新しい展開を模索中です。
2 創作活動あるいは発信の手段として、コンピュータに興味を持たれたのはいつ頃、何がきっかけですか?
手書き、ガリ版、タイプ・ライターと渡って、ワープロ〜コピー印刷でやっと百部以上の本を出せるようになりました。といっても一冊一冊ページ折り、和綴じ製本での作業は大変で、展覧会中心に販売していましたが、そのうち注文に応じ切れなくなりました。新しい創作、新刊へのエネルギーを吸い取られて弱っていた頃、コンピュータによる電子本(或いはマルチメディア)のことを耳にしました。1995年頃です。コンピュータ自体に興味を持ったのはむしろ天文雑誌の影響で、友人からは創作に向かない、ワープロの方がまし、と釘を刺されていました。
もう一つには、わたし(泉井)も絵を描いて10年ほど展覧会活動を続けていたのですが、何か限界を感じてきた頃にインターネットが身近なものになってきました。Web にいつでも誰でも訪れることの出来るバーチャル美術館を作りたいという夢もありました。
3 エキスパンドブックに出会ったのはいつ頃ですか? このツールにどんな可能性を見いだされましたか?
1996年の冬にコンピュータを導入し、春にツールキットを購入しました。コンピュータを買わせたのはハイパーカードでしたが、エキスパンドブックの縦書きの美しさに魅了されました。本を作りたいという思いはずっとありましたが、本を作るシステムは身近なものではなく、資金を貯めてやっと一冊というのはリズムに合いませんでした。もっと柔軟に即興的にいろんな本を試みたい方ですから。
エキスパンドブックは画像の扱いも自由、これまで諦めていたフルカラーの本も可能になりました。何より大きいのは、弱者にもその意欲に応じた本作りのフットワークを与えてくれたことです。
本は向こうから特別にやってくるものではなく、身の回りに日常的に生まれ出てくるもの、それも紙の時代には現れにくかったような発想・性格の著者たち・本たちが登場してくる、そういう時代を呼び込みそうなツールだと期待しました。
4 コンピュータ画面での見せ方をどのように工夫されていますか(デザイン、更新など)
手に取れない、触れられない分、画面の空気感を出すように心がけています。空間としてのニュアンスの中にテキストを置きたいと。わたし自身がモニターでの長時間の読書に疲れるので、ページは少な目に、ストレスのないレイアウトで、余韻が残るようにと工夫しています。
(図書室のインターフェイスは、一目で蔵書の性格が分かるように、使いやすいようにと心がけていますが、難しいですね。即興的に本を作ることも多いので、ペースや足取りは掴みにくいと思います。)
5 アクセス数、販売数などから、六角文庫にはどれぐらいの、どんな層の読者がいるとお考えですか?
じつはあんまり把握していません。(笑)
本の内容の読者はまだまだこれからだと覚悟しています。ボイジャーの萩野さんから、女性読者が多いですか?と尋ねられたことがありましたが、そんな印象をお持ちだったんでしょうか。ボタンを押して下さるのは同比率ぐらい、年齢はコンピュータの普及を反映して、若い人中心ではないかと。高校生からですね。
6 「創作の現場サイドからの発想」という一文がありましたが、具体的にはどのようなことでしょうか
元来一人の書き手に過ぎませんから、自分の領域を越えて無理して崩壊しないための戒めでもありますが、例えば、ブック・ファイルのみで HTMLファイルやプレーン・テキストを置かないということもその一つです。データとして活用してもらうような内容ではないので、作品空間のままに受け取って欲しいと、あえて制約のある形を選んでいます。
本の形も一編の詩を独立した小冊子に仕立ててみるなど、従来の概念にとらわれず、創作の現場の要求に則っていこうと考えています。
(もっといろいろ細かい微妙な考えがあったはずですが、いまこれぐらいしか思い出せません。情けないですね。)
7 継続して作品を発表するのは大変だと思いますが、続けるためのコツのようなものをお持ちですか?
何年も準備しながら、いっこうに本にまとまってくれないものも結構あります。反対に小さなアイデアが湧いてころころ転がしているうちにその場で即興的に作ってしまうものもあります。本というものを柔らかく幅広く捉えて、ポップな感覚も併せ持つようにすると、ひょんなところから、ひょっこり本が生まれてきてくれますし、どちらかと言うとそういう本の方が好きです。自分が楽しんでいれば飽きることはありません。
8 今後、どのように展開していきたいとお考えですか?
やっとインターネットというネットワークに出会ったのに、自分の作品処理にせいいっぱい。これが残念でもどかしい思いですが、慌てずに草創期を渡っていくつもりです。とりあえずは電子本の普及に、一冊でも多くサンプルを作っていくこと。読者サイドにはこれから大手による普及もあるでしょうから、むしろ作家サイドに呼びかけていきたいですね。
現在はパッケージ販売のフロッピー文庫と、図書室貸し出しのオンライン文庫の二本立てですが、そろそろダウンロード販売もと考えています。
個人的には、なぜこのように本作りにこだわるのか、ジャンル分けの難しそうなものを好んで作るのか、改めて考えてみると不思議なもので、その疑問のためにもこうなったらとことん好きな風に本を作ってみようとの心づもりです。
―2000.8