一 笑樹富士写ヶ岳の 椈の林に 一本の 大笑樹が立っている 両腕を 天にいっぱい伸ばし たらふく 大口あけて 一笑 二笑 三笑 裸になった 今頃は 渇いた響きが 天にこだまし 富士写ヶ岳あたりでは 冬の星々が じつに瞬く |
二 夢樹夢樹 という題の画を描いた 大きな洞に 宿る一人 赤い衣(ぼろ)着て 例えば 遠くの 月や 星々 白山九年を望見し 「木ニ籠リ夢ニ籠リ達摩ニ籠ル」 * この夢樹そっくりな 大橡が 白山麓白峰村にあるという 赤衣の者はいないが 一羽の 大赤啄木鳥が棲んでいるそうな |
三 貘樹甘樹 泥樹 それぞれ忘れ難く 賢治の 北斗の 青い星樹もいい 林檎の夢の 銀河の酸蜜 遥かな人が偲ばれて 又 小惑星B六一二には 悪性の バオバブの樹 中国の砂漠には 人の夢を喰う 貘の樹が 蜃気楼のように立っている |
「もうマヂエル様と呼ぶ烏の北斗七星が、大きく近くなつて、その一つの星のなかに生えてゐる青じろい苹果の木さへ、ありありと見えるころ」―『烏の北斗七星』肉眼で見える二重星ミザールのことを指しているものと思われ、伴星のアルコルが青じろいリンゴの木に当たるのだろうか。これも馴染みの木であり、星であり。
(1989)