一 笑樹



富士写ヶ岳の
椈の林に
一本の
大笑樹が立っている

両腕を
天にいっぱい伸ばし
たらふく
大口あけて
一笑
二笑
三笑

裸になった
今頃は
渇いた響きが
天にこだまし
富士写ヶ岳あたりでは
冬の星々が
じつに瞬く

画・樹1
 

 二 夢樹



夢樹
という題の画を描いた

大きな洞に
宿る一人

赤い衣(ぼろ)着て
例えば
遠くの
月や
星々
白山九年を望見し

「木ニ籠リ夢ニ籠リ達摩ニ籠ル」



この夢樹そっくりな
大橡が
白山麓白峰村にあるという

赤衣の者はいないが
一羽の
大赤啄木鳥が棲んでいるそうな

画・樹2
 

 三 貘樹



甘樹
泥樹

それぞれ忘れ難く

賢治の
北斗の
青い星樹もいい

林檎の夢の
銀河の酸蜜
遥かな人が偲ばれて


小惑星B六一二には
悪性の
バオバブの樹

中国の砂漠には
人の夢を喰う
貘の樹が
蜃気楼のように立っている

画・樹3
 [図版]
  笑樹:石川県加賀市、富士写ヶ岳のブナ
  夢樹:石川県白峰村、太田の大トチに似る由
  甘樹:石川県金沢市、犀川河畔のタチヤナギ
  泥樹:京都市上京区、相国寺裏の?

 笑樹・夢樹・甘樹・泥樹…は、わたしのかってな呼称。以下、それぞれの樹のことを。
 笑樹については、別に『笑う森』という童話ふうの作品を書いて、その電子本(エキスパンドブック。図書室に収録)の背景に実際の写真を使っている。
 夢樹は、展覧会で絵を見た人が「好きな樹にそっくりだ」と大トチの所在を教えて下さった。会期中に妻が案内されて、オオアカゲラを目撃。
 甘樹は、犀川河畔のタチヤナギ。河原を散歩する時は、ついこの樹まで、という日頃の馴染み。柔らかく優しい風情の樹で、写真も何度か撮った。
 泥樹は、さて何の樹だったか、古いノートにはただ Muddy tree と書いてあるだけ。太い幹がボロボロで、風貌がブルースマンに似ているところから、マディ・ウォーターズにあやかったらしい。樹皮の剥げた老いたケヤキだったかもしれない。
 星樹は、宮沢賢治の童話の中に登場する。
「もうマヂエル様と呼ぶ烏の北斗七星が、大きく近くなつて、その一つの星のなかに生えてゐる青じろい苹果の木さへ、ありありと見えるころ」―『烏の北斗七星』
 肉眼で見える二重星ミザールのことを指しているものと思われ、伴星のアルコルが青じろいリンゴの木に当たるのだろうか。これも馴染みの木であり、星であり。
 小惑星に生えるバオバブの樹は、サン=テグジュペリの『星の王子さま』のけんのんな樹。六角文庫の荒庭には、いつか美大生の植えていった大理石のバオバブがある。けんのんかどうか、鳥も猫も寄り付かないが、イヌキクイモやヌマトラノオと共生している。
 最後の貘の樹は、つれづれに物語ったファンタジーの産物で、いまはストーリーもすっかり忘れ果てている。ただ、陽炎の中にゆらゆらと立つバクの樹だけは、夢を誘うように時おり葉擦れの音をさせる。
画・樹4

(1989)


貘祭書屋詩画