朝の音楽

    


朝、起きたら台所に
音楽が独りで鳴っていた。
微かに
りんごの香を放って、
ご機嫌で
お洒落で、
内緒だけれど
ちょっと調子っぱずれで。

歌のようにも
語りのようにも聴こえて、
ほら、
ときどきトーキング・ドラムが
トクン、トクンと入って
甘酸っぱい気分になる。

初恋の歌だからか?
戦後の混乱の歌だからか?
アダムとイヴの道行、
ビートルズの解散、
いろんなことが混ぜこぜになって
一杯のジュースを飲んだ。
ニュートンは
りんごに地球の重力を教えてもらって、
ぼくはりんご上人に宇宙の生鮮と
想像力の浮力を教えてもらった。

いや、
そんなたいそうなことではない
と、
りんご上人のようにりんごの皮は言う。
わたしは剥かれただけだ、
ちょっと図体が大きかったから
あんたの奥さんが遊んでいったのだ。

土間のガジュマルの木の下で、
ト音記号にも
トーキング・ドラマーにも見える
りんごの皮は
勝手口のドアから漏れる光の中にいる。
ドアを開けると、
猫のようなしなやかさで
漂っていた音楽が飛び出していった。

 

(c) kotaro izui 2014


貘祭書屋詩画