野の、市1 野の市へ行く 草の切符を買って バスの中では 光のボロ 古い 雨と 色情を見る (耳が濡れている) ![]() 2 十月 南無野は またしても ウン・ポコ・ロコ ウン・ポコ・ロコ と 唸り出す (野の耳) (耳の中の、雨) 3 下駄を鳴らして 北国の 鳥の街道を下る ひわや むく (市にはよたかが出る) 猥せつ語をひとつパリッと口の中で噛み砕いて 4 (ああ、もっともっとキョロロと) のどを真っ赤に カンサスの鳥 アッヘンバッハの鳥 ばさばさと こう両腕をひろげて 331/3回転 チャンやミス・アンの 発熱する乳頭を抱く ![]() 5 野にいちまいの掌をひらく 山が鳴る 川が鳴る (耳川 腰川 乳房川 くん、と 盛りあがる 摩耶 美保 嵐、の 向う山) 6 一日市で 一匹の紙魚を売る (恋愛譚、わら一本) 7 草の夫 草の妻 十月、神々の留守に ミズヨロの卵の中に駆け落ちて 犀川に 色葉を綴る 紙の巣や、わらの巣 いま 木の巣六畳を出て、草場をめぐる ![]() 8 ひわではない むくではない 水を恋うて 木の葉いちまい分の露を乞うて 市から 、市へ 八日 千日 裏千日 9 亀吉や とみ、はおらぬか 山を案じる、子らは おらぬか 天狗や 狐、 草に棲む男女の交合は ないか ないか 10 布市があった 幾枚もの 衣々があった 衣片敷く ボロボロな夜もあった (旅の衣魚、一匹 わら、一本) 11 (野に、 ぽつねん、の 音) ![]() 12 市には 水もない 職もない 南もない ただ、なむ、なむ、なむとあるいてきた そしてまた 、野 、はらっぱ ぼうぼうと蹠に靴が鳴る、草が鳴る 13 野の市へゆく 白いかおして さんさんと日が降るのに べにもささず 傘もささず なにかが邪悪な北国の秋の野を ただ なむ、 なむ、 と ゆく (一九八〇年) |
※ 野の市は、野に蜃気楼のように立つ幻の土地である。そこは草深く、また末枯れて、ただ平らかに何処へともなく広がっていた。淡い日光が降り、雨がとぐろを巻いている北国の寂しい野である。 幻はいつでも開いてくれるわけではない。悩ましい魂だけが、そっと入り込める野もあろう。懐かしいというには、まだ切実な日月の迷行がある。 野が立ち消えて、やがて二十年になる。今頃、野の市と名乗る町へバスで揺られて行ったとしても、野のかけらもなかろう。草の切符も通用しない。ただ、なむなむとした足取りは今日も続いている。 一九九八年一〇月一五日 |
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