風炎紀行




かるい
風炎の
気味があって
家を出た

ひと声の
笑いに傾き
ゆく宛はある

草津湯
大日屋
老プーニィの鼻面を足早に過ぎて
  右・つるぎ道
旅行者まがいのしばらくに忍える




九月
台風一過
さらに
雨をもよおすこの街の
雲の
異常な繁殖ぶり

迷子路

人が割れる
叢が割れる

かるい
風炎の
気味があって
ひとり療養に出て来た




じろあめ
   と、ある
あやめ団子
   と、ある

ヒトハミナ
ホロビニ
カタムキ
   と、ある

かつて、ワーズワースの
詩を読んだ寺の説教板に
インドの考古学者の言葉

ソノ
ナガイ
プロセス
   と、ある


掲示板


一笑へ
一哭へ

三本の
小路を折れ折れて
しんに
あしうらをひらくために

ひとり療養にやってきたのだ




さあ
裏に入る
横小路に踏み込んで
まずは
目の奥行

幼女四、五人の遊ぶ一句の流れ


横小路


廃屋がある
荒庭がある

ホロビニ
カタムク
びわの木に
わずかな実がなり

蜘蛛の
留守居がひとつあった




五月を思う
五月の
耳と
あしうらを思う

やはり
かるい風炎の
気味であったのか
元禄二年の足音を捜していた




中折れの
小路に入る

小路の
夕の
木の下暗がりに入る

木の下暗がりに
白髪の老女も入ってきて
――さあ
  何、でしょうね
  桑、でしょうかね


中折小路


蛾が往来する

羽虫が往来する

白い
小さな
音の数々

白く幽かに聴き籠る




古耳
  と、言ってもいいだろうか
微かに
ひらく
古目
  のようなもの、もある

水の卍が割れる

咄、
立ちあぐみ
ここから先は
目の単り、耳の単りだけがゆきそうな




願念小路に入る

たけ高く
旅立つ心

(と、誰か囁く)

かつて
雪の巻
落葉の巻
物の芽の巻
何度もこの三本の小路を吟唱し
愛唱し


願念小路


頭を寄せて
蜂と
蝉が
仰向けに
転がっている

かりんの実
むくげの花

かるい
風炎の
気味だから
ふかくを歩く




一笑へ
一哭へ

流れ
傾き
目を
耳を
あしうらを
ひらいて

木一山願念寺

風の碑
雪の塚


芭蕉句碑


とりあえず
宛は尽き

菩提樹
人参木
とうに
花を終えて

ここからまた
しんに
始まる・・・

ナガイプロセス
こころから雲うつくしい夕べまで


一笑塚


    (一九八〇年)


   ※


 一篇の詩を読むように、あるいは書くようにして歩く小路。あるときは、三本の路が五・七・五の一句にもなり、半歌仙にもなる。そんな吟遊コースを、ある微妙な心象で辿った一日の記録が、詩「風炎紀行」である。
 風炎は、気象用語のフェーンのこと。それを心象用語に応用した。
 横小路、願念小路は昔からの呼び名、中折小路*は名無しの小路で、私が密かに命名したもの。
 行く宛でもあり、いつもの挙げ句になる願念寺の一笑塚は、その形が風の字恰好にも似て、その日は碑面で光と影がちらちら踊った。塀一枚を隔てて、山門脇には、奥の細道途上の芭蕉の慟哭碑がある。
 一笑と一哭。なにやらせつない風景である。わずかな時のゆき違いで会うことの叶わなかった二人の元禄俳人の哀しみが、秋風に癒されてここに並んでいる。
 芭蕉句碑とも、奥に一笑塚があるとも知らず、ある雪深い夕にこの小路に踏み込み、妙に心惹かれた日のこともありありと覚えている。それから密かなわたしの愛唱コースとなった。この路を辿れば、落ち込み、萎えている精神でも、静かに立ち上がってきた。
 わたしの20代の終わりから30代にかけての、青い寡黙な足音が拙い草稿のように埋もれている路でもある。

 この詩稿も、今回初めて陽の目を見る。
 いずれ、小杉一笑の句抄を付録につけて、この路に捧げた改訂版を出したいという思いがある。

 一九九七年一二月二五日



  *中折小路は、後に「幽霊小路」との名があったことが判明。

(c) kotaro izui 1980


貘祭書屋詩画