詩集 雨羅

 雨羅雑歌



1 三月

私の目裏に繁る蜜の木から
鳥たちが飛びたがっている
三月
風は僧衣をつけ
数珠を鳴らして梵論にゆく



2 雨

この雨は
何処から来たのか
耳に盥を浮かべて
雨の
私の
出生を聴く



3 虹

足元しか見ていない
黒ずんだ通りの
あとからあとからの無表情しか見ていない
番地も知らぬ
町名も知らぬ
さ迷っていたとしても
堂々巡っていたとしても
えんえんと続く道の貌を踏みしめていた
古いむくろがころがっている
私の足跡に埃がたまっている
暗、
澹、
として道を急ぐ
用水桶がある
水を打つ
虹が立つ
水を打ちながら歩き
あるき
黒い虹を潜っていく



4 激しい雨が降る・・・!

仰から泥濘るんで、
九月、
<目の裏>を踏む足は麻痺れるようにあつい。

野に
雨はつのり、
野に欲望はつのってあおぐろく、
異土に
日を乞う、
激しくボロンジの尺八を吹きつのる。



5 風

日女の川を渡って、オルゴ、オルゴの風が吹く・・・



6 水

愛憐を畳んで
川っ淵に立つ
繁る水のボウボウ
もう
のっぴきならぬ



7 ふうらかん
        ―みな思惑の五百羅漢

風に
石仏
ひとりびとり
梵字を裏っ返して
あうん
あうんの
草のいき
えのころぐさの
猥々を追って
禅もどき
恋もどきの
旅に出る

北条ノ堂ニハ居レヌ
親ニ似タヨナ
顔シテオレヌ
テンデノ方ヘ
テンデノ衣デ
テンデニ雨羅シテ
テンデニ風羅ジャ



8 どらむかん
        ―ご破算で願いましては

笑ってもいいか
あれをも
これをも
ぼうぼうと
草むらの
猥せつで
この雨に
シンバル打って
シンバル打って
かか
草笑!



9 ミス・アン

6月29日、水曜日。
鳥の街道を雨が通る。火が通る。
私の窓からの草ぼうぼうに、ミズヨロの卵が
ころがっている。
ミス・アンのことを考える。
ミス・アンのことを考えながら、原稿用紙を
折って、いつの間にか紙コップを作っていた。
悪い癖だ。
エビアン水
エビアン水!
雨でも受けよう。
草の露でも集めて回ろう。

 ※

妻はセルロイドのサキソフォンを咥えたまま
トイレに入る。
ミス・アンのやり方だそうだ。
ミス・アンのやり方で今日一日を暮らすのだ
そうだ。



10 水乞鳥

水の叢で、ひとり干上がった、
カラカラカラ、とうつろに回った、
胸がかるい、
鱗がこぼれた、
目もかるい、
濁りが音をたてて、乾いていった、

犀川
中川除町

ここで水乞い
鳥が群れる

 あわてて
 あわてて
 雨を乞う
 ぺんぺんの踊り
 いつもこう
 裸で、ぺんぺん
 キョロロロと
 草を渡る
 露を渡る



11 黒髪

髪が走る
背から
野へ
赤い鼓の
乱声の
沼から
腰へ
月光をあび
蛙声をあび
田を
街道を
くろ髪の
ひとすじが走る



12 川

かわは
みんなみ
くらげて
うみへ
ぬるう
せのせの
ほてり
あつめて
くちを
ひらけば
ごまも
ひらく
よごと
よごとに
ういの
おくづき
のぼる
ほっぽ

にんごり
ちらして
ゆりこう
ゆりこう



13 秋

あおあお
雨の
ふぐり
膨れ
女陰走る
いのちの


神無月夜である



14 とくとくとくの

とくとくと
流れるものがある
耳と
心臓

打って
夜の山から
とくとくと
さびしい
さびしい
秋の水甕から
とく、
とく、
とく、




15 女譚

河がある。
巨人のひと足を借りて
暗を跨ぐ。
谷まで
女は追いて来て
めっこを洗い
口を洗った。



16 男譚

山の端が赤い。
腰布いちまい翻して、男が逃げる。
凡兆の鐘、ひとつ。

  不穏ジャ
  不穏ジャ
  影ガ
  異様ニ長イ



17 物の音ひとり倒るるかがしかな(凡兆)

野の奥で
なにかが鳴った
風、
と想えば、風
雨、と想えば

あるいは例の
六斗林の狂女だろうか
凡、と
あたりが曇って
十一月にしては不穏な、山気
卵の
笑いと
黄味の、悪さがある



18 三月

3月6日。
29歳と、ほぼ12ケ月の、朝、野に
孤りで立つ。野に、耳と、魚眼を
、ひらいて。野に、土踏まずの、
夢と、欲情の、ままに、茫々と、
遊ぶ・・・



19 野

野が雪を払って起ち上がる!



20 野

ああ、野が野を放浪する



(c) kotaro izui 1977