詩集 夢と天然
椿の蜜を吸う
夜中に
椿の蜜を吸いにいった
ふっと
想い出したのである
玄関の一輪が
蜜を垂らしている
そう妻が語っていたのを
ちょうど
ネットで句会があって
わたしも一句
選に入ったところ
「昔むかし鬼は椿の蜜を吸ふ」
これから
作者は某と
名乗らなければならなくて
ちょっとその前に
蜜の味を
灯りをつけると
確かに椿は
ぽたぽたと蜜を零していた
指で掬うには固く
花弁には
まだ柔らかいのが光っており
そっと口を近づけた
甘いのである
甘いのであるが
どこか哀しい
どこか切ない
天然の営みの味がある
それが幽かに酸っぱい
鬼は椿の蜜を吸うか
吸うのであろう
天然の鬼は
うぶな鬼は
めじろのように
昔は椿もおおらかであった
笑いも
蜜も
たんまりあった
けれど今夜は
昔でもなく
鬼でもなく
一句ものしただけの凡人が
のこのこ蜜をねだってきた
椿はやさしい
花弁に口をつけて
なんだか
深夜に妖しい所作であったが
黙って許して
花の
蜜の
いのちの味
ふるさとの詩人は
椿を盃にして
酒を飲んだそうであるが
鼻の頭に
黄色い花粉をくっつけて
わたしは蜜だけでいい
それだけでいい
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