詩集 弦想

 珈琲、もう一杯



山肌を
ひそかに撫でて
谷へ
性腺へと
風が下りてくる
どこかの
島や
だれかの
乳房をめぐって
この夜
内密の話が
吹いてくる、下りてくる

またも
木の葉一枚まとって
旅に
掠われていくのか
峠の
向こうで
沼が
うたが
いんのうが
むずかっている
ゆっくりと
パンを食べる暇もない
水と
煙と
それから
・・・なにか
霞はくえるか
ひとはくえるか?
ともかく
足の豆でも焚きつけて
この
むら雲を急ぐ

草の笠に
草のペン、いや
ペンはいらない
野に
ふくれあがる欲情だけを
浮浪敷に包んで
馬のように
カラクサ、と走る
いつか
峠に着いたら
茶屋で
珈琲をのみ
爪と
髪を切りそろえて
さらに
もう一杯、珈琲をのむのだ

しらじらと
詩も
雪も
夜明けも降ってきたが
柳があるまで
休まない
どこかの
だれかの
鼓動が
たえまのないベースの
ランが
性腺を越えて
山のアナタへと
駆りたてる
アナタの向こうの
谷へ、と駆りたてる
いつもの
悪い癖で
もう
きんぽうげがあっても
知らぬフリをする



(c) kotaro izui 1979