詩集 オリオンの扉


 蕩児と大瑠璃



 1

夏が来た。
青い翼を持って。
今年は、
鳥の姿をして。

(嘗ての蕩児は、
 いまも蕩児で、
 蓬の髪に、
 竜の髭。 )



 2

何かが違う。
大きく違う。
嘗ての蕩児は若者だった。
青い、
艶々した夢。
白い、
滑々した卵。

それでも、気を病み、俯き加減の日々が続いた。



 3

あの頃、
こんな夏があったろうか?

ぷくぷくと、
大気は踊り、
光は影を養い、
そこいらじゅうに幼い水音がする。

まったく、
ひょいと、
思わぬ林に分け入って、
得難い宝を手に入れて来るなんてことが。



 4

幾つかの、
どん底。

そのうちの一つから天を仰いだ。

百日紅の泡立ち。
瑠璃色の小鳥。
そして、
寺の大屋根。

それが、全て。
どこにどん底があったのか、
もうわからなくなっていた。



 5

爾来、十数年。

蕩児の夢はさらに青く、
蕩児の卵は翼を持った。

やがて蕩児は老人になる。
いつかまた、
鳥の姿で、
夏はやって来るだろうか?
風は薫って今日のように吹くだろうか?

(蓬の髪に、
 竜の髭。)

(c) kotaro izui 1993

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