俳句表紙1994

貧乏神の手酌  




瓦礫手酌寸感酔月魂魄

1995年


  瓦礫



炭袋<炭>と墨書のうつくしき

   阪神大震災
   牆壁瓦礫と云へど

寒々と山河大地に抱かれて


思ひみな氷柱の如く垂れ下り


大寒の故郷いまなお余震せり


大寒や死者も生者も塵の中


荒涼たる心の潟や鶚飢ゑ

  蕪村の句画を見る如し
雪国や虹の麓の家五軒

  与呂見
それぞれの籠りの薪をくべてをり


夜話の骨董粥にあたたまり


雪しんしん馬の齢もつもりたる


人間もまた温石の天地かな



  手酌



梅よりも瑠璃鶲ゐる嬉しさよ


甘海老の小さき春を剥いてゆく


三月へ花木のさびもうつろへり


水芭蕉みづは破るることもなく


花漕いでさて行く宛もなかりけり


花陰に貧乏神の手酌かな


花降て花丼と云ふべしや


かな用の筆下ろしゆく春の宵


耳掻にうつすら積もる春の塵


かにかくにうどの大夢となりにけり


行春や鳥越村の一揆そば



  寸感



連雀の緋色の声の降りどほし


初夏の汀に杭の如く立つ


蝸牛なども土産になるものか


窓若葉けふつやつやともの思ふ


花みなの俗名学名風かほる

  千年欅
懐しや大樹にかほる風と空


かたつむり殻の内なるもの思ひ


寸感を蛍袋にしのばせて


紙漉の里はものうき五月雨


ふかぶかと迷ふに早も明易し


六月のまこと物臭太郎かな


変身の涯はあなたなる揚羽


七月の山河無頼に見ゆるかな


初蝉や荒き粘土の乾きやう


かさこそと旱の星の這ひ出る



  酔月


  行秋や抱けば身に添ふ膝頭 太祇
初秋や太祇自愛の膝がしら


粘土屑なども愛しき円空忌

  ペルセウス座流星群
中年や流るるものに星と水


美容師の爪きる音も冷やかに


無精髭生やせば虫の声しげき


美しくこほろぎの鳴く妻の闇


虫鳴てアンドロメダの火も幽か


まろまろと良夜に向かふもの一つ


待宵に磨り下したるへちま墨


酔月の銘ある筆の良夜かな

  良寛像に手鞠いただく
まんまろきものに今宵の月と鞠



  魂魄


  糸魚川街道、姫川無惨
時々に山河破れて葛の花


淋しさも音を立てたる秋の風


ぶらぶらと旅を歩けば威し銃


コスモスも虹の橋も揺れてをり


虹立つて稲田の中の墓一基


秋風に棲むもろもろの魂と魄


乗鞍や飛騨と信濃の紅葉ぶり

  円空の里
虫闇に万の仏のこゑすだく


秋風の細入村に暮れにけり

  一茶忌
懐かしや鵯の一茶のぐぜり歌


赤げらを点じて夕の枯木立


冬川のこの翡翠と黄昏ぬ


易々と暮れて山家の独り住


鰤起し昔かの子の荒れ模様


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1994




俳句表紙貘祭書屋六角文庫