俳句表紙19931995

微 光 星  

 


荒星糠星旱星孤星隠星

1994年


  荒星



寒林を巡る独りの風ならめ


星晴て人体寒くあるばかり


何はさて冬の麗らに飛び出しぬ


ねぎ畑過ぎて猫町きつね町


荒星や嬲られ足らぬ魂と魄

  親鸞の声新たに聞こゆ
悪人と思ひなしたり冬の月


大寒や妻は話に倦みやすし


大雪や句碑それぞれの季語蔵し


雪鞜も買はず無精をきめてをり


氷柱まだほんの小さき二日月


窯休め五尺の氷柱研ぐをとこ


古家には古き寒さも棲んでをり


節分の客にバツハを弾く男



  糠星



囀りの溢れて森の小ささよ


草摘のごとくに本を買ひ来たる


てふてふへ五分の魂まもりをり


中年や身に余りあるはこべ属


花明り淋しき人体して通る


春昼の浅くにねむる化石群


遠霞山河も傷みやすからむ


花虻のしばらく尻を動かさぬ


春月へ螺旋にのぼる貝の殻


柔らかな鉛筆走る春のくれ


ロゼットを広げてあざみ女てふ


やはらかき枝垂桜と髪の毛座





  旱星


  ベガの南に停止流星。
  マイナス4等、金星級。

正面に流星来たる聖五月


時鳥視野に収めし星の球


六粍の現在形のかたつむり


指文字のなまづ一匹潜む闇


短夜の小魚のごとき夢の群れ


美しきゆび美しき蛾をつまむ


浅き夜に目高のごとく浮かびをり


ほそぼそと冊子を作る五月闇


森闌けて梅雨に傾く天地かな


憂愁も茂ればおのづから嵐


ぞんざいに青葉に座せば命かな

  s-l彗星木星衝突
茅舎忌に星の散華の始まれり


木星の大事もとほき夏の闇


どの星もみなうらめしき旱星


涼しさや魑魅魍魎と大書して


大旱この世の蛇口の栓一つ



  孤星


  アニタ・アンドレアセン
初秋や童話の国から人来たる


この路は金木犀の行き止まり


北国の夜長を走る禁煙車


やりくりのまた吃逆の夜長かな


信楽やたぬきばかりに秋の風


案山子かと思へばひよんな里言葉


天高し土よりいでし珪化木

  大乗寺
秋冷の仁王の臍に至るかな


冷やかに仁王阿吽の臍二つ


秋時雨かつて卵でありしもの


紅葉を沈め了へたる淋しさよ


安曇野に鵙ささやかな領分を


末枯を流れて北を目指しけり


この頃の芦や薄の呆けぶり



  隠星


  スピカ食
金言をぽろり吐き出す冬の月


山麓の冬はずしりと黄昏るる


何の歌ともなく冬の口をつく

デンマーク
丁抹から来て日本の風邪をひく


短日の厚き封書の封を切る


蠍座のをんなとともに冬籠り


女寝て冬至の月のありどころ


心地よく真綿の齢をとりたまふ


年の瀬の大鈍痛の如きもの


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1993 / 1995



俳句表紙貘祭書屋六角文庫