俳句表紙/1992/1994
1993
山雀日和
水温むまだ一寸のこころざし
大辛夷南のつぼみからひらく
忽ちに燕山河となりにけり
百舌のその一舌を囀るか
ぶらつけば又恋猫に行き当たり
春月やたぷと満ち来る身の潮
春雨もファドも心の裏にふる
花すもも書斎に寒山拾得図
花すもも午後の激しき雷過ぎぬ
囀りの山雀日和と思ふかな
金色の虻の姿のどなたかな
梅雨の書
夏立ちぬ林の中に青い鳥
風薫る天地にゆるく番ふもの
瑠璃色の太陽系の蜥蜴の尾
踊子草咲き出で山家鳥虫歌
降りさうで降らぬ一日桐の花
アカシアも愁ひも匂ふ夕かな
六月の森のリズムは幾重にも
姫女苑野にある贅を誇るべし
蜘蛛の巣の主見当たらぬ桜桃忌
ひらひらと田も白鷺も風の中
梅雨底にネオンの街を沈めたる
須田剋太書
億劫の二字ある梅雨の美術館
鷭笑ふビルの谷間の空耳に
旅の日のまた雨となる紅の花
紅花をもて一日を装へり
紫陽花や和尚の闇も深きもの
雷鳴の一つ初窯焚き了はる
無月の情
ひぐらしや夕の扉は半開に
夕闇も青瓢箪も垂れ下がる
群馬県川場村野焼き
八月や灰の中から百の土器
天狗茸妊婦天真爛漫に
流星に金管楽器の響きあり
くだもののやうな話を一つづつ
花も実もえご鈴生りの銀河祭
賢治忌の座敷童子の如き星
半月や奇人サン・ラのピアノソロ
虫の音のこの惑星の一ところ
ぞんぶんな闇見あたらぬ鉦叩
それぞれに無月の情を転がして
明月やまたどこやらのあんたがた
水澄むや昔はどれも暴れ川
秋蝶の小さき行方を壊すなよ
やや遅れこげら飛び来る大欅
末枯の野に鯨座のだだ広き
卓上荒野
掌に茶の実ころがす機嫌かな
冬虹の夢を女にくれてやり
しらじらと昼の半月狂ひ花
凩や架空の街はうつくしく
うしろより幻にゆく冬の蝶
北風の夫婦ともども束ね髪
胸中のまた卓上の枯野かな
中年や未来から吹く隙間風
アカシアの枯木立ゆく黒き風
奥能登の冬の鉛に至りけり
刈取つてひかりの束の霜柱
五つほど談義流るる大囲炉裏
冬うらら擬音で続く児の語り
枯山の雑多の音の楽しさよ
寒濤の如く悪夢の押し寄せぬ
暴風に耳荒れとおす冬至かな
文房の整理もつけぬ年の暮
与呂見和尚の口吻を借りて
なんつうか寒貧曝す大山河
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1992 / 1994
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