俳句表紙19911993

翡 翠  




老人星翡翠大獏

1992年


  老人星



寒禽二三熊谷守一展初日


草花の名に暖をとる冬籠り


冬の雨人間嫌ひの周期来る


妄想の片つ端から凍りゆく


耳鳴のけふはしんから雪籠り


鬼の名のつく山川の立春譜


盆梅のしらしら鼻炎の薬購ふ

  布良(めら)
春月や美人ドライバーと行く岬


黒潮の春を手繰れば怒濤来る


海といふ大なる闇に寒戻る


安房二月老人星は現れず


春寒し両国駅の髷すがた


春光を浴びに出てきたまでのこと


春人と云ふに激しき気性かな


啓蟄に望遠鏡も届きゐて


鳥の巣にこつそり夢を置いてきた


春昼や汚れ極まる窓の玻璃



  翡翠



口数の少なき人や韮の花


卯の花のけふは憂鬱盛りかな


有明の月驚きぬほととぎす


郭公のけふは托卵日和かな


翡翠の一直線を見送りぬ


鷺立て星はしづかに回り出づ


短夜をインク補ふこともなく


下書きのままの手紙や明易し


黒南風や鳰の子潜り習ひ初む


青嵐つばめ一羽を吹き返し


天頂に恋あり死あり行々子


白蝶の翅もいささか梅雨じめり


翡翠わが心裏の魚を捕まへよ


賽の目の虚空ころがる青嵐


人間の貘さんここが木下闇


乱歩忌の庭に姥百合立ち咲けり


隠士棲む大姥百合の七八本


この僧の昼寝上手の覚め上手


ミラといふ星赤々と夜の秋


八月や星への旅にあるゴツホ


夏潮にかろき人体哀しめり


伝説も沼も晩夏に古びけり



  大獏



かなかなの朝な夕なに飲食す


漂客も二三秋めく百姓寺


人情も小豆の色も深うして


初秋や猫も瞳孔ややひらき

  姫川
遊行忌の石ごろごろと渇きをり

  白馬
桔梗や雨上がりなる人の声


野紺菊野紺をもちて自愛せり


乳牛の斑もそれぞれに秋の雨


山霧に包まれ人はもの云はず


毒茸の毒をしづかに太らしめ


葛の径ぬけて窯場に至りけり


賢治忌や長距離電話の用一つ


長き夜に目下の事を失ひぬ


それぞれの金木犀の香に住まふ


山翡翠の冠羽に秋の風少し


秋山や鹿子まだらの日の光


大獏のくさめを聴きし秋の暮


正体の明るき人やもみじ晴


虹雉も虹獏もゐて冬うらら


ペンギンの直唏く冬の動物園


性愛のうすれて冬の虹の色


寒茜くもの糸ごし見てをりぬ


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1991 / 1993




俳句表紙貘祭書屋六角文庫