俳句表紙/1991
1990年
天球儀
推敲を重ねて深き冬籠り
しんしんと雪降る中に睡魔来る
月食の赤銅色の余寒かな
啓蟄やまた見つかりし小銀河
春の街古書肆にシモン人形も
天球儀廻せば春の夜は更けぬ
忽然と一家は消えて木瓜の花
萍の生ふが如くにもの思ふ
若草や地にある小太鼓大太鼓
桜夜の昴の食となりにけり
スピカ
朧夜の星の小町と思ふべし
花散つてまた妙好の人の声
春光にものの卵の何々ぞ
星好きの人の朝寝の旨さうな
春耕と云へど三尺四方かな
古代蓮
くろぐろと鉛筆描きで夏立ちぬ
初夏や冊子に選ぶ糸のいろ
蝙蝠の出て木星にひらめける
オースチン彗星
蝉丸忌彗星ひたに近づきぬ
白鳥路といふも鴉の木下闇
杏いま月の瓦をころころと
易々と明けて白紙に戻りけり
星一つ流れて鵺の聲しきり
彗星期去つて木の下暗黒期
石亀や石の卵を産まざるか
甲虫の如く都心に下り立ちて
梅雨曇旅の鉛筆折れ果てぬ
十日町
懐中に北越雪譜ある大暑
時鳥啼けば星辰また巡る
明星やしづかに蓮の池睡る
星々は消えて蓮の光のみ
蓮の花あぶも神代の昔から
日蝕は昼寝の内に過ぎにけり
山百合や幼児カタコト先をゆく
ゴッホ蕪村球状星団向日葵図
夕凪や有磯の海に危機の海
UFOを見たと云ひ出す夜の秋
月白
うろこ雲うろこの数の善女達
ロルカ忌の金星木星月並ぶ
八月のただの裸のをとこかな
糸すすき秋まだほんの糸状に
星の名を唱へてをれば鉦叩
こころてふ月白にある山河かな
もの寂て野分の夜の文房具
秋草の茫々として猫屋敷
オリオンや夜長の主の帰り来ず
美しき星連れ添ふて秋闌けぬ
桃源に桃を隠して銀河系
十月や蛇笏思へば山馬筆
秋天に染のやうなる悔一つ
伝言の文字滑らかに秋の雨
古里のなんでもなさの芒かな
北条石仏二十二年振りなり
羅漢淡々苔や秋日を衣とし
団栗の落ちて確かなる故郷
小鳥来る夜のオリオン大星雲
秋の蛾の紋をとつくり調べたり
笑ひ茸食べてかなしき山河かな
きのこ鍋白雪姫は遅きかな
柿紅葉して円熟の惑星期
潮を吹く鯨のかなた火球飛ぶ
茶の花を点して妻の誕生日
故郷を覗き見したる寒さかな
采の目も枯れて机上に転がれり
寒昴詩の友無きを悲しまぬ
短日やチェロの如くに川暮れぬ
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1989 / 1991
俳句表紙|貘祭書屋|六角文庫